徐福は日本に渡ったのか?録図書は本物なのか?始皇帝が亡くなった原因などについて【後編2】

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前回記事の続きです。『始皇帝の地下宮殿は実在するのか?7つの謎は本当なのか?始皇帝の埋葬場所や兵馬俑についてなど【後編1】

今回で始皇帝のお話も最後になります!録図書という予言書は本物なのか、不吉な予言を残した人物の正体、始皇帝が亡くなった原因など色々と聞いてきましたので、ご報告していきたいと思います!

※どうしても時代背景により物騒な単語が出てきてしまいますので、伏せ字などにして対処しております。

記事に出てくる人物や用語はこちら

神仙思想に傾倒する

メラムサフラ:お待ちしていました。オルアエルを呼びました。

幻朋:お久しぶりです!

メラムサフラ:拠点にはたまに行っています。

幻朋:活動お疲れ様です。やっぱり直接会って話すと嬉しいです。

メラムサフラ:ありがとうございます。

(その後オルアエルさんが来たので、オルアエル神社のお返事をもらったり、曲を録音してもらったりしました。)

幻朋:今日は始皇帝の最後のお話です。

オルアエル:始皇帝なの?早く終わってね。

幻朋:結構長いです(笑)では、ラストもよろしくお願いします!始皇帝は泰山で封禅の儀を行った後、神仙思想に染まり始めました。方士と言われる者達が始皇帝に取り入っていましたが、その中でも徐福という人物が有名です。東の海に伝説の蓬莱山(ほうらいさん)があり、そこにいる1000歳の仙人を連れ帰るための出資を始皇帝に求めたそうです。始皇帝はそれを許可し、徐福は3000人を従えて探索に行きましたが結局は見つからずに一行は逃亡したそうです。

メラムサフラ:…………徐福という名前でありますね。

幻朋:この出来事も載っていましたか!お金をもらうために嘘をついていたのでしょうか?

メラムサフラ:探そうと思っていません。嘘をついています。

幻朋:でも、始皇帝は信じていたんですよね?

メラムサフラ:そうです。

幻朋:徐福が始皇帝の命令で不老不死の薬を求めて日本に来たという説もあるそうです。日本各地に徐福の伝承が残されており、熊野(三重県熊野市)に辿り着いたという話が有名だそうです。徐福達はどこに行ったか分かりますか?

メラムサフラ:船には乗っていません。

幻朋:え?徐福はどこにも行っていないんですか?海に探索に行ったというのも嘘なんですね?

メラムサフラ:そうです。海を渡ったのは違う人です。

幻朋:徐福の仲間でしょうか?

メラムサフラ:仲間です。代わりに行きました。私の代わりに行ってくださいと言いました。

幻朋:この人が日本に来た可能性はありますか?

メラムサフラ:その可能性はあります。その先が載っていません。代わりの人は徐福と名乗っていました。

幻朋:偽者の徐福が日本に来ていたのかもしれないんですね。

始皇七刻石

幻朋:始皇帝は各地を巡った際に7つの碑(始皇七刻石)を建立したそうです。碑文は始皇帝の偉業を称える内容だそうです。

メラムサフラ:(しばらく情報を探していました。)…見つけられませんでした。

幻朋:分かりました!次に行きますね。

録図書は本物なのか?

幻朋:徐福の次に始皇帝に取り入ったのは盧生(ろせい)という方士で、不老不死の秘薬を持つ仙人の捜索を命じられていました。

オルアエル:こういう人ばっかりなの?

幻朋:結構いたみたいですね(笑)盧生は仙人は連れてきませんでしたが、「録図書」という予言書を献上したそうです。その書に「秦を滅ぼす者は胡」と書いてあるのを信じて、始皇帝は周辺民族の征伐を行いました。

メラムサフラ:ありました。予言の事がたくさん書かれてあります。全部当たっています。 

幻朋:全部ですか?!そんなもの誰が作ったんでしょう?

メラムサフラ:そこは載っていません。

幻朋:でも本物の予言書なんですね。

焚書(ふんしょ)

幻朋:紀元前213年、胡の討伐成功後に開かれた祝賀で、博士の淳于越(じゅんうえつ)が「新しく制定した郡県制ではなく古くからあった封建制に戻すべき」という意見を言いました。これがきっかけで焚書(支配者などが書物を焼却する行為)が行われました。李斯は反論し、占星学・占術・農学・医学・秦の歴史を除く全ての書物を博士官を除き焼き捨てる、従わない者は厳しく罰する、という建策を行いました。

メラムサフラ:ありました。

幻朋:これはなぜ燃やす事になったのでしょうか?私には難しくてよく分かりませんでした。

メラムサフラ:今までの国の情報をなかった事にしようとしました。 

幻朋:統一する前の歴史を燃やしたんですか?気に食わなかったという感じでしょうか。

メラムサフラ:そうだと思います。過去を全部消そうとしています。

坑儒(こうじゅ)

幻朋:始皇帝に取り入ろうとした盧生が、「身を隠していれば真人(超人的な存在)が訪れて不老不死の薬を譲り受ければ、自分も真人になれる」と言いました。始皇帝はその話を信じて徹底して身を隠すようにし、巨額の資金を彼らに投じて仙薬作りも行っていました。しかし、薬も実現せず真人も現れる事はありませんでした。紀元前212年、処罰を恐れた盧生や侯生などの方士や儒者が、「始皇帝は独裁者だ」などと悪口を言って逃亡したため、咸陽(かんよう)の460人余りの儒者達を生き埋めにしたそうです。焚書とあわせてこの事件を焚書坑儒と呼びます。

メラムサフラ: 盧生が騙しています。

オルアエル:何で騙すの?

メラムサフラ:お金が目的です。

幻朋:悪口を言って逃げたそうですが本当でしょうか?

メラムサフラ:悪口の事は載っていませんでした。

幻朋:生き埋めは本当ですか?

メラムサフラ:それは本当です。縄で縛ったまま土に埋めています。怒っています。

幻朋:縛って土の中にですか…。始皇帝は残虐なイメージがついているようですが、騙されていてちょっと可哀想な部分もありますね。始皇帝の長男の扶蘇(ふそ)が諌めましたが、始皇帝の怒りを買って北方防衛の任務に就かされました。

メラムサフラ:怒っています。

幻朋:反論されたりするのが嫌な感じでしょうか。

メラムサフラ:自分の考えが正しいと思っています。あまり他の人の意見を聞きたくない人です。

幻朋:確かにそういう性格だと言っていましたね。でも、李斯の意見などは聞いていますよね?

メラムサフラ:信頼しているからです。

暗◯未遂事件

幻朋:過去に荊軻の暗殺未遂がありましたが、皇帝となった後にも3回命を狙われたそうです。

メラムサフラ:命を狙っている人がたくさんいます。いなくなってほしかったんです。

幻朋:皇帝の座を狙っている人はいますか?

メラムサフラ:そういう人もいます。

隕石に刻まれた不吉な文字

幻朋:紀元前211年、東郡に落下した隕石に「始皇帝死而地分」(始皇帝が亡くなり天下が分断される)という文字が刻まれる事件が起きました。周辺住民は厳しく調べられましたが犯人は見つからず、最終的には全員が◯されました。

メラムサフラ:……ありました。

幻朋:文字を書いた犯人は分かりますか?

メラムサフラ:書いた人は見つからないようです。情報にも載っていません。 

幻朋:全員◯されてしまったんですよね?

メラムサフラ:そうです。隕石も壊されました。

不吉な予言を残した人物

幻朋:紀元前211年秋、秦の使者が平舒道(へいじょ)でとある人物に出会い、「今年祖龍死」という言葉を聞きました。そして滈池君(水神の名前)へ返して欲しいと璧(へき。祭祀用の玉器)を渡してきました。使者はこの事を始皇帝に報告しました。始皇帝は「それは山鬼の類だろうから先の事は見通せないだろう。」と言いました。しかし、渡された璧は第1回巡遊の際に神に捧げるために長江に沈めたものだったため、占いにかける事にしました。「游徙吉」と出たので、「徙」を果たすために3万戸の人を北方に移住させて、「游」として4回目の巡遊に出発しました。

メラムサフラ:その人も始皇帝の命を狙っている人です。

幻朋:ん?謎の人物がですか?何かの霊的な存在じゃないんですね。巡遊の際に沈めた璧を持っていたのはどういう事ですか?

メラムサフラ:大人数で協力して探して持ってきました。

幻朋:そこまでしていたんですか!(笑)でも、これを持って来られたらちょっとびっくりしますよね。ただ始皇帝の事を怯えさせたかったのでしょうか?命を狙っていたなら何か計画があったのでしょうか?

メラムサフラ:力を弱めようとしました。

幻朋:それはどういう意味でしょうね?

オルアエル:分かんないよ。

幻朋:始皇帝の力ですよね?

メラムサフラ:そうです。あとは始皇帝を終わらせようとしたとしか書いていません。

幻朋:始皇帝にとっては不気味な出来事ですね。

4回目の巡遊

幻朋:紀元前210年、第4回目の巡遊で末子の胡亥(こがい)と李斯を伴い、東南へ向かいました。方士が「東南方向から天子の気が立ち込めている」と言ったので、これを封じるために選ばれたそうです。500年後に金陵(南京市)に天子が現れると聞き、始皇帝は山と丘を削り取って防ごうとしたそうです。

メラムサフラ:確かに山を削っています。その悪い気を逃がそうとしています。

幻朋:そういう事なんですね。天子が現れそうな場所を削ったのかと思っていました(笑)気をなくすためなんですね。山を削るなんてすごい事をしますね。

大鮫魚を仕留めた伝説

幻朋:始皇帝は海神と闘う夢を見たので、弩(ど。射撃武器)を持って海に臨み、之罘(しふ)という場所で大鮫魚(だいこうぎょ。古代中国の伝説の魚)を射抜いたそうです。これは徐福が、「蓬莱の不老不死の薬を得られないのは大鮫魚に妨げられているからだ」と言ったのがきっかけだそうです。

メラムサフラ:そのような話は載っていないです。

幻朋:本当に大鮫魚を仕留めたのか、もしくは伝説みたいな話なのかもしれませんね。

始皇帝はなぜ亡くなったのか?

幻朋:始皇帝は巡遊中に病気になり、症状は徐々に深刻になりました。蒙恬(もうてん)の監察役として北方にとどまっていた長子の扶蘇(ふそ)に葬儀を主催するようにと遺詔を作成し、趙高(ちょうこう)に託しました。紀元前210年、始皇帝は沙丘平台(河北省邢台市広宗県)にて崩御しました。亡くなった原因は伝説によると、宮殿の学者や医師が処方した水銀入りの不死の薬を服用していたからだそうです。

メラムサフラ:前からその薬は少しずつ飲まされていました。それで徐々に体調が悪くなりました。

幻朋:本当に水銀入りの薬を飲んでいたんですね!当時の人は水銀が毒だと知らなかったのでしょうか?

メラムサフラ:知っています。

幻朋:知っていたんですか!もしかして始皇帝を◯そうとしたとか?

メラムサフラ:そうです。

幻朋:宮殿の人達まで命を狙うなんて…始皇帝の周りの人はみんな敵だったんですか?

メラムサフラ:そうではありません。医者の事は誰も疑っていません。

幻朋:その医者は誰かに雇われて始皇帝の命を狙っていたのでしょうか?

メラムサフラ:自分の意思です。

幻朋:始皇帝は常に誰かに狙われている感じで大変だったんですね…。

趙高らの謀略で扶蘇が亡くなる

幻朋:始皇帝が亡くなった事が天下に知られれば騒乱になると考えて、李斯はそれを隠して咸陽(かんよう)へ向かいました。崩御を知っていたのは胡亥、李斯、趙高の数名のみでした。一行は始皇帝が生きているような振る舞いを続けていたそうです。趙高、胡亥、李斯が結託して、自決を命じる詔が偽造されて扶蘇と蒙恬に送られました。これを受けた扶蘇と蒙恬はその後自◯してしまいました。本当は扶蘇に葬儀を主催するようにと書いていたんですよね。

メラムサフラ:扶蘇は始皇帝の子供で一番上だからです。その人が邪魔だったんです。

幻朋:だから消したんですね…。

オルアエル:ひどいよ。

秦を滅ぼした「胡」とは

幻朋:始皇帝が亡くなって2か月後、20歳の胡亥が即位して二世皇帝となり、始皇帝の遺体は驪山の陵に葬られました。趙高が権力を握り、次々に気に入らない人達を排除しました。あの李斯でさえ処刑されたそうです。その後、反秦の反乱を抑えられず秦は滅びました。録図書の予言にあった秦を滅ぼす者「胡」とは、異民族ではなく胡亥の事だったそうです。

メラムサフラ:趙高という人が始皇帝の全てを奪おうとしていました。 

幻朋:胡が秦を滅ぼすという予言は胡亥の事で合っていますか?

メラムサフラ:そう書いています。

オルアエル:この人達どうなってるの。

幻朋:地球では権力が絡むと色々とドロドロな事になります。

メラムサフラ:お金があると争いが起きますね。

始皇帝の鼎に関しての逸話

幻朋:最後に始皇帝の逸話などについてお話しして終わりたいと思います!巡遊中に鼎(てい。古代中国の器物)を探すために、泗水(しすい)に千人を潜らせたが見つからなかったというお話があるそうです。始皇帝は9つの鼎を全てを揃えて、王朝の正当性を得ようとしていたそうです。

オルアエル: 鼎って言われても分かんないよ。

メラムサフラ:(しばらく探していました。)…載っていなさそうです。

幻朋:細かい部分のお話までは載っていないかもしれませんね。

函谷関の戦いでなぜ秦は持ち堪えたのか?

幻朋:紀元前241年に起きた函谷関の戦い(かんこくかんのたたかい)で、楚・趙・魏・韓・燕5国合従軍が秦に攻め込みました。秦は最大のピンチを迎え、7日に渡る大激戦の末に撤退させた伝説の戦いらしいのですが、歴書が焼失してしまったのでこの戦いについて詳しい事が分からないようなので教えていただきたいです!活躍した武将は誰でしょうか?

メラムサフラ:人の名前は載っていません。

幻朋:では、なぜ持ち堪えたのでしょうか?始皇帝は当時20代だったそうですが、降伏せずに迎え討つというのはすごいです。

メラムサフラ:秦の兵士の数が多かったからというのと、罠が色んな所にしかけてありました。攻められるのも予想していました。

幻朋:前もって戦いの準備をしていたんですね。罠も既に設置していたのでしょうか?

メラムサフラ:穴を掘って落としています。

幻朋:落とし穴ですか!敵は5カ国も集まっていたのに、1週間で撤退させたのはすごいですよね。

メラムサフラ:町の一部を燃やして犠牲にして相手を倒しています。

幻朋:秦の兵力の多さと、前もって策略などの準備をしていたおかげで持ち堪えたという感じですね?ちなみに始皇帝自身は戦っていないですよね?

メラムサフラ:そうです。準備ができていました。始皇帝は自分では戦っていないようです。

幻朋:分かりました。ありがとうございました。これで始皇帝のお話は終わりです!

オルアエル:終わったよ。

幻朋:オルアエルさんも最後まで参加してくださってありがとうございました。もうちょっとしたら質問会をやりますので(笑)

オルアエル:それなら良いよ。

幻朋:それでは後で音の装置の件をお願いします!

メラムサフラ:やってみます。 

幻朋:今日もたくさん調べて教えてくださって本当にありがとうございました。

オルアエル:大丈夫だよ。

メラムサフラ:またお待ちしています。

幻朋:やっぱりこうしてお話しするのは楽しいですね!また来ますね。失礼します。

オルアエル:またね。


 

始皇帝のお話はこれで終わりとなります。始皇帝がどんな人物で、どのような人生を歩んだのか大体の事が分かり、また一つ歴史の勉強ができて楽しかったです。

次回の歴史上の人物は最澄の予定です。またあらためてTwitterにてお知らせしたいと思いますので、その際は質問や情報提供のご協力をぜひともお願いいたします!