宮本武蔵について質問をしたら思いもよらぬ展開になりました…【歴史の真実を見極める事の難しさ】

宮本武蔵について質問をしたら思いもよらぬ展開になりました…【歴史の真実を見極める事の難しさ】
今回お答えするリクエストは宮本武蔵についてです。名前だけでもご存知の方はたくさんいらっしゃると思います。そんな有名な歴史の人物についてのお話を聞くのは毎回ワクワクします!
武蔵に関する逸話や人生の基本的な情報を一通り集めてどんな人物だったかを把握し、準備を整えてから宇宙人さんの元へ向かいました。しかし!いつものようにお話を始めると、思わぬ事態に展開してしまいました…。
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宮本武蔵の謎が深まる

先にウリムクオツさん達と拠点地についてのお話をして、その次に武蔵の質問に入りました。ウリムクオツさんは出かける準備をするため、いったん自室に戻りました。
幻朋:今日はまた地球の歴史上の人物についてです。オルアエルさんの苦手な話ですみません(笑)
オルアエル:分からないよ。
幻朋:名前は宮本武蔵と言います。二刀を使う二天一流の開祖です。著作の五輪書はビジネスシーンでも活用できると近年では海外にもファンが多いそうです。そして伝説的に有名なため、様々な事柄が語り継がれているそうです。
メラムサフラ:……探していますが名前だけしか載っていません。
幻朋:名前だけですか?!いつものように人物の歴史とか載っていないですか?
メラムサフラ:ほとんど載っていません。もう少し詳しく見てみます。
幻朋:日本では結構有名な人なんですが…なぜ載っていないのでしょう?不思議ですね。まさか実在していないとか?!(笑)
メラムサフラ:刀を2本持っています。他にも何本かあります。実在はしていると思います。ウリムさんを呼びますか?私よりも情報のアクセス権があるので何か分かるかもしれません。
幻朋:よろしいですか…すみません。なぜ情報がないのかだけでもご確認していただければ大変助かります!
(すぐにウリムクオツさんが会議室に来てくれました。)
ウリムクオツ:メラムさんから話は聞きました。私も見てみます。
幻朋:次の星に行く準備があるのに申し訳ありません!よろしくお願いします。
ウリムクオツ:………実在はしていますが載っている情報が少ないです。私はまだ時間は大丈夫なので一緒に調べてみますか?
幻朋:本当ですか!ありがとうございます。情報も張り切って準備していたので、せっかくですので一通り質問したいと思います。

宮本武蔵の生没年、本名について

幻朋:まずは武蔵の生没年ですが1584年〜1643年又は1582年〜1645年のパターンがあるようですが何年が正しいでしょうか?
ウリムクオツ:載っていません。
メラムサフラ:いつもは何年に生まれたとか載っていますがないですね。
幻朋:やはりそうですか。名前は宮本武蔵と載ってありますか?新免武蔵藤原玄信(しんめんむさしふじわらはるのぶ)という呼び方もあるそうです。
ウリムクオツ:藤原武蔵という風にも載っています。
幻朋:藤原武蔵ですか!分かりました。次に行きますね。

出生地、父母について

幻朋:次に出生地についてですが、播磨で生まれた説(兵庫県高砂市米田町)と、美作で生まれた説(岡山県美作市)があるそうです。
ウリムクオツ:載っていなさそうです。
幻朋:武蔵は生まれてすぐ養子に出されたという説もあるそうで、父は新免無二という剣豪ではないかと言われています。父と母についてもないですよね?
ウリムクオツ:ありませんね。

幼少期の様子、武蔵の性格について

幻朋:幼少期はどんな子だったか知りたかったのですが、それもなさそうですよね?(笑)剣術の練習についてや、なぜ剣術が得意だったかなどを聞きたかったです。
ウリムクオツ:すみません、分かりませんでした。
幻朋:大人になってからの性格はどうでしょうか?あらゆる手段を使って試合に勝つような非情な性格だったのではという説と、武蔵が描いた画からにじみ出る優しさから、実は平和主義な性格だったのではという説があるようです。
ウリムクオツ:よく戦っていたようですね。戦ってそれに勝つのが男としての生き方だと思っていたそうです。
幻朋:性格に問題があるという訳ではないんですね。
ウリムクオツ:そんな感じはしません。

武蔵は本当に無敗だったのか?

幻朋:武蔵は13歳で初めて新当流の有馬吉兵衛と決闘して勝利したそうですが、これが一番最初ですか?また16歳の時に秋山という強力な兵法者にも勝利したそうです。
ウリムクオツ:これも載っていないですね。
幻朋:これだけ情報がないと逆に清々しくも感じます(笑)それからは29歳までに60回程の勝負をして負けた事がなかったそうですが、本当に無敗だったのでしょうか?
ウリムクオツ:負けた事はないそうです。戦う事に命をかけていたんじゃないでしょうか。
幻朋:強かったのは事実なんですね!でも、どうしてこんなに強い人の情報がないのか謎ですね。

関ヶ原の戦いでは東軍と西軍どちらだったのか?

幻朋:1600年の関ヶ原の戦いで石田三成側の西軍について敗れたという説と、父が黒田家に仕官していた文書が残っているため、父と共に東軍として九州で戦ったとされる説があるそうです。どちらに所属していたのでしょうか?
ウリムクオツ:……今関ヶ原の情報を見ています。
幻朋:関ヶ原の方から探るしかないんですね。
ウリムクオツ:(数分後)すみません、見つけられませんでした。
幻朋:いえいえ、大丈夫です!やはりほとんど情報がなさそうですね。

吉岡一門との決闘について

幻朋:この話は有名らしいので、もしかしたらあるかもしれません。武蔵が21歳の時に天下の兵法者・吉岡一門と何度か戦って全部勝利したという話です。
ウリムクオツ:見てみます。
幻朋:最初に吉岡家当主の吉岡清十郎を木刀の一撃で破りました。その後、清十郎は兵術をやめて出家したそうです。次に吉岡伝七郎と勝負をし、伝七郎の木刀を奪って倒したそうです。伝七郎はこの時に亡くなりました。最後の試合は、吉岡の門下生数百人が弓矢などを持って武装して、秘かに武蔵を◯そうと計画していました。武蔵はそれに気づいていましたが一人で打ち破ったそうです。この一連で吉岡家は滅んだとされています。
ウリムクオツ:そのような名前の人はでてきませんでした。
幻朋:吉岡さんの名前自体が出てこないんですか?!本当にこの試合は行っていたのでしょうか…。

佐々木小次郎との決闘について

幻朋:次は最も有名な巌流島の決闘というお話です。巌流島(山口県の舟島)で佐々木小次郎(岩流)と戦ったそうですが、これはさすがに載っていそうな気がします!(笑)
ウリムクオツ:佐々木小次郎という名前はあります。
幻朋:あって良かったです!決闘が行われたのは1601年で武蔵が18歳という記述と、1602年の19歳、そして1612年という記述もあります……。今更思いましたが、どのお話も不確かなものばかりですね(笑)
ウリムクオツ:1600年から1601年です。
幻朋:え?1年くらいかかっているんですか?一発勝負じゃないんですか?!
ウリムクオツ:何回も戦っています。
幻朋:そうなんですね。この時の小次郎の年齢は70歳くらいだったという説があるようですが、映像を見た感じだとどうでしょうか?おじいさんっぽいですか?
メラムサフラ:若そうです。おじいさんには見えません。
幻朋:分かりました。武蔵は心理戦で小次郎をイライラさせるためにわざと遅れて島に到着したという話もあるそうです。
オルアエル:わざとはダメだよ。
幻朋:確かにわざとはいけませんよね(笑)でもこれは勝つための作戦みたいな感じです。
ウリムクオツ:遅刻はなさそうです。
幻朋:小次郎の燕返しを封じるために長い木刀を使ったのではないかという説もありますが、二人が使っている武器はどのようなものでしょうか?
ウリムクオツ:どっちも長いです。
幻朋:武蔵が持っているのは木でできた刀ですか?
ウリムクオツ:木には見えません。どちらも金属に見えます。 
幻朋:武蔵はこの時木刀を使っていないんですね?!両手に持っていますか?
ウリムクオツ:一本しか持っていないです。
幻朋:意外と普通なスタイルで戦っているんですね。試合にもいくつか説があり、どれが本当でしょうか?まずは一つ目です。小次郎が武蔵に真剣勝負を申し込みました。小次郎は真剣を使い、武蔵は木刀を使用して決闘をして一撃で小次郎を倒しました。
ウリムクオツ:何回か戦っているので一撃ではありません。
幻朋:別な日にも戦っていたんですもんね。では二つ目はどうでしょう?両者弟子を連れてこないと約束していました。小次郎の弟子は約束を守り一人も来ていませんでしたが、武蔵の弟子は隠れて島に来ていました。そして小次郎は試合に敗れ、後に息を吹き返した際に武蔵の弟子がみんなで襲って◯したそうです。
メラムサフラ:やっていないと思います。 
幻朋:結局勝負はどうなったのでしょうか?
ウリムクオツ:宮本武蔵が勝ちました。何回戦っても勝負が決まらなかったようです。
幻朋:お互い良い勝負をしていたんですね。小次郎は斬られて亡くなったんですか?木刀で倒していないんですよね?
ウリムクオツ:最後は武蔵が小次郎を斬っています。木刀も持っていたみたいですが、剣で戦えと小次郎に言われたようです。
幻朋:なるほど!そういう流れで武蔵も刀を使っていたんですね。

大坂の陣、寺の作庭、夢想権之助との試合

幻朋:大坂の陣で水野勝成の客将として徳川方で活躍したそうですが…。
ウリムクオツ:情報がないです。
幻朋:その後は本田忠刻と交流がありました。明石(兵庫県明石市)では町割という都市計画を行い、本松寺や雲晴寺などの作庭を行っていたそうです。これも載っていないですか?
ウリムクオツ:ないですね。
幻朋:この頃に夢想権之助と勝負を行ったそうです。無敗といわれる武蔵に引き分け又は勝利した人物だそうですが、どんな人だったのでしょうか?
ウリムクオツ:その人も載っていないです。それに武蔵は負けた事はないと書いています。
幻朋:そうですよね。これは創作の中の人物でしょうか。

円明流の指導、島原の乱、熊本藩主に招かれる

幻朋:普通の歴史の紹介みたいになっていますが、せっかくなので最後まで続けますね!(笑)1624年、尾張国(愛知県西部)で円明流を指導したそうです。尾張藩や美濃高須藩には複数派の円明流が興隆しました。
ウリムクオツ:載っていません。
幻朋:1638年、島原の乱で中津藩主の小笠原長次の後見として出陣、養子の伊織も小倉藩主の小笠原忠真に従ったそうです。戦いの際、敵軍の投石によって足を負傷したそうです。そしてこの頃、高田又兵衛という人と試合をしています。
ウリムクオツ:これもなさそうですね。
幻朋:1640年、熊本藩主の細川忠利に客分として招かれ、千葉城に屋敷が与えられたり鷹狩りが許されたりとかなり優遇されたそうです。客分とは相談役のような特別な役だそうですが、なぜこんな待遇を受けていたのでしょう?
ウリムクオツ:ないですね。
オルアエル:なさすぎじゃない?
幻朋:所々少しだけ情報がありますが、こんなのは初めてですよね(笑)

芸術の才能、五輪書、亡くなった理由

幻朋:この頃は時間があれば水墨画や書画、工芸などを制作していたそうです。武蔵は芸術家として才能があったという事ですよね?
ウリムクオツ:描いたと思われる絵がありますが、絵が得意だったかどうかまでは載っていません。
幻朋:1643年〜1645年にかけて、熊本市近くの金峰山にある霊厳洞で瞑想をしたりしていました。更に五輪書という剣術の奥義をまとめた兵法書を執筆しました。原本は焼失してしまい、写本間での相違があったりするので、武蔵の死後に弟子が創作したという説もあるようです。五輪書で武蔵は何を伝えたかったのでしょうか?
ウリムクオツ:これも載っていません。
幻朋:五輪書もないですか?!武蔵の歴史に何が起きているんでしょう(笑)1645年6月13日、千葉城の屋敷で62歳で亡くなったそうですがこれもなさそうですよね。武蔵が亡くなる数日前に独行道と五輪書を弟子の寺尾孫之允に渡したそうです。お墓は熊本市の武蔵塚公園内にある武蔵塚だそうです。あっという間にお話が終わってしまいました(笑)

武蔵の伝承について

幻朋:最後に武蔵に関する言い伝えをいくつか質問したいと思います!武蔵はなぜ士官しなかったのでしょうか?
ウリムクオツ:確かにいつも一人ですね。他の人から命令されるのが嫌だったそうです。
幻朋:そうだったんですね。次は真偽不明な決闘についての確認です。小次郎などの有名な人の他にも、大和国の奥蔵院日栄、伊賀国の鎖鎌の使い手宍戸某、江戸の大瀬戸隼人、辻風左馬助との試合もありますが、裏づける史料がなく不明だそうです。
ウリムクオツ:載っていません。
幻朋:これらは物語の中に出てくる人でしょうか……。あと、武蔵はとても力が強かったため片手で刀を使いこなす事ができたそうで、これが後に二刀流の技術を生み出したという説があります。
ウリムクオツ:佐々木小次郎との戦いを見た時に片手でやっていました。
幻朋:やはり力は強かったのかもしれませんね?武蔵は身の丈6尺だったそうで、182cmくらいになります。当時としては大柄ですが、映像を見た感じ他の人より大きいでしょうか?
メラムサフラ:佐々木小次郎と同じくらいのサイズです。
幻朋:他の映像がなさすぎて比べられないですよね。もしかすると小次郎も182cmあった可能性もあるのではっきり言えないですね(笑)武蔵は行水するのが嫌いで、生涯お風呂に入った事がなかったという説もあるそうです。
ウリムクオツ:そういうのはないです。
幻朋:分かりました。これで質問は終わりです。ウリムさん、お忙しいのに資料を確認してくださってありがとうございました!とても助かりました。
ウリムクオツ:情報がありませんでしたね。大丈夫ですよ。それではまた戻りますね。(パッと目の前からいなくなりました。)
幻朋:メラムさん達もすみませんでした。
メラムサフラ:こういうのは初めてです。その人が存在していなければ情報自体何もないと思いますので、名前だけあるのは不思議です。
幻朋:実在しているなら情報はあるはずですよね?規制がかかるような人には思えませんし…。オルアエルさんも話に参加してくださってありがとうございました。
オルアエル:分からなかったよ。
幻朋:これからは質問する前に情報があるかどうかを必ず確認してからにします!何時間も時間をかけて情報を収集して質問を考えているので、これで何もないですという展開は悲しすぎます(笑)宮本武蔵は有名なので絶対にあると思っていたのがいけないですね…。
メラムサフラ:地球で有名だからと言っても実際に見てみないと分かりません。
幻朋:はい。今回の事で学びました。今日はありがとうございました!お話しできて楽しかったです。また後日来ますね。
メラムサフラ:またお待ちしています。
オルアエル:またね。

天照大御神に宮本武蔵の情報規制について確認する

読者様からせっかくリクエストをしていただいたのにこのまま終わるのは申し訳ないと思い、なぜ宮本武蔵の情報が規制されているのか理由を聞きに行く事にしました。
アカシックレコードには過去の情報は全てあるはずです。しかし閲覧可能な地球の資料には武蔵の情報が公開されていません。これには何か訳がありそうだなと考えました。
サヴィラジヌから太陽へ直結するイメージをして時空トンネルを移動していましたが、やはり地球付近に出てしまいました。そこから真っ直ぐ太陽へ移動しました。
その後、燃えさかる太陽の目の前までやってきました。この日はなぜか中に入る前から強い気配を感じました。挨拶をしてから太陽の中に入りましたが、やはりとても強いパワーがあります。中心部に向かって進む程強烈になっていきました。移動している途中でアマテラス様の言葉が伝わってきました。
天照大御神:まっていた。
幻朋:こんばんは。お邪魔しております。今日はかなり強いパワーを感じるのですが、どちら様がいらっしゃるのでしょうか?
天照大御神:いざなぎといざなみがいる。
幻朋:そうでしたか!すごい力ですね。そして実はご相談があって来たのですが…。
天照大御神:くるといい。
(しばらく進んでいくと太陽の核に到達しました。)
天照大御神:だいじょうぶか。
幻朋:頭痛がひどくてキツイですがなんとか大丈夫です!(笑)この前お話ししたばかりなのに、また来てしまって申し訳ありません。もうお察しだと思いますが、先程メラムサフラに宮本武蔵の情報を見てもらったのですがほとんど載っていませんでした。
天照大御神:のっていないだろう。うりむくおつさんもみていたな。
幻朋:そうなんです(笑)やはりバレバレですね。なぜここまで武蔵についての情報がないのでしょうか?
天照大御神:ちきゅうのひとがしっているじょうほうとちがうから。
幻朋:私達が知っている歴史と違いすぎていて規制しているんですね?本当の事を知ったら混乱を招く系の事は配慮して規制になっているそうですね。
天照大御神:うそをひろめるわけにはいかない。だからほかのほしにはみせていない。
幻朋:他の星の方が見るという視点でも考えられているんですね!真実は載せられないかわりにと一般的に広まっている情報を公開していたら、それを見た宇宙人さん達が間違った事を信じてしまいますよね。
天照大御神:めらむさふらがしって、わたしにきいたときにちがうことをいったらびっくりするだろう。
幻朋:確かにそうですね。地球の資料に載っている事と違うの?!って混乱してしまいますよね。私の予想ですが…宮本武蔵の物語などの話が、我々の中ではそれが歴史になってしまっているという事でしょうか?
天照大御神:そうだ。
幻朋:なぜ出生から始まって人生のほとんどの情報が曖昧なのかなと疑問に思っていましたが、なんとなく理由が分かりました。
天照大御神:たたかいにはすべてかっているというのはあっているが、たたかいのかずはすくない。
幻朋:60回くらいだそうですが、そこまでいかないんですね。
天照大御神:はじめてまともにたたかったのはささきこじろう。
幻朋:そうだったんですね!だから他の決闘相手の情報がなかったんですね。吉岡一門とも戦っていないという事ですね?
天照大御神:たたかってはいない。
幻朋:これらの決闘は作られたお話の可能性がありますね…。歴史上で有名な人ほど情報が多いという訳ではないようですね。
天照大御神:そういうこととはかぎらない。
幻朋:歴史に強く影響した人ほど情報は多いですか?織田信長などはたくさん情報が載っているとメラムサフラが言っていました。
天照大御神:それはあるだろう。れきしをうごかすようなことをしているひとほどのっているだろう。
幻朋:もしかして私達が教科書で習っている歴史も本当は違っていたりして……(笑)
天照大御神:どれがしんじつかはわからないだろう。
幻朋:何が本当かを教えてもらわないと私達には分からないですね。自分で真実を見極めるのは難しいですね。今回の事をきっかけに規制の仕組みについてまた少し学びました!本日は急に相談をしてしまい申し訳ありませんでした。短時間でトレーニングもできてありがたいです!
天照大御神:だいじょうぶだ。そとにだしてあげよう。
(アマテラス様の超絶移動で一瞬にして太陽の外に出ました。)
幻朋:ご親切にありがとうございます。ご両親にもお邪魔しましたとよろしくお伝えください。
天照大御神:あなたがきていることはしっている。
幻朋:本当に助かりました。ありがとうございました!
天照大御神:いつでもきなさい。
幻朋:はい。それでは失礼いたします。
天照大御神:きをつけてかえりなさい。 

 宮本武蔵についての情報は以上となります。ほぼ一般的に知られている歴史をご紹介するような形になってしまいました。武蔵がどんな人生を送ってきたのか詳しく知る事ができず、申し訳ございません。
今回の事で情報の規制のパターンがなんとなくまた分かりました。地球人だけではなく他の惑星の人が混乱しないようにという配慮もあるようです。このように情報がない場合もあると思いますが、何卒ご理解いただければ幸いです。