坂本龍馬は近江屋の襲撃で本当に命を落としたのか?情報規制により更に謎が深まる…

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今回のリクエストは、誰もが名前を知っている坂本龍馬です!名前は知っているけれど、どんな事をした人か詳しく分からないという方もいらっしゃるかもしれません。まさに私がそうでした(笑)
どんな人か情報を見てみると、薩摩同盟設立の協力や倒幕、明治維新に関わった有名な人物という事で、いつもよりかなり情報量が多かったです。それなので、要点をピックアップして質問してきました。
もっと詳しく坂本龍馬の事を知りたいという方は、ぜひ書籍やサイト、動画などをご覧いただければと思います!
さっそく宇宙人さんとの会話記録をご報告したいと思いますが……実は坂本龍馬の情報が途中から規制されています。その時の一部始終をお伝えしていきます。
※いつものように物騒なワードは伏せ字にしたり言い換えたりしております。
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生没年、出身地、家柄について

幻朋:こんばんは!お久しぶりです。
メラムサフラ:お待ちしていました。お久しぶりですね。
オルアエル:来たよ。
ユスモヨツ:こんばんは。
オルアエル:ユスモヨツと一緒にいたから連れてきたよ。
幻朋:もしかして親子でゆっくり過ごしていましたか?せっかくのお時間なのに大丈夫ですか?
ユスモヨツ:大丈夫です。
幻朋:ありがとうございます!今日のお話はオルアエルさんが苦手な歴史の人物なんです。
オルアエル:また変な人なの?
幻朋:変ではないです(笑)坂本龍馬という有名な人です。
メラムサフラ:載っていたと思います。見てみます。
幻朋:メラムさん、情報の閲覧をよろしくお願いします!さっそくですが始めていきますね。まず名前については色々あるようですが、通称の坂本龍馬という呼び方でいきます。地球の情報にも坂本龍馬とありますか?
メラムサフラ:そう書いてあります。
幻朋:分かりました。今回は出来事の年数などを旧暦で統一しました。もしかしたらメラムさんの方と違うかもしれません。龍馬の生没年は1835年11月15日〜1867年11月15日です。
メラムサフラ:それとは違います。
幻朋:やはり地球の情報は新暦の方で載っていますか?
メラムサフラ:1836年1月3日とあります。
幻朋:そこそこ近代の出来事なので、日付とかは合っていると思うので、旧暦の方で読んでいきます。
ユスモヨツ:なぜか違いがあるんですね。
幻朋:今は新しいバージョンのカレンダーになっているんです。では次に、出身は土佐国土佐郡上街本町一丁目(現在の高知県高知市上町一丁目)です。父は土佐藩郷士(足軽)の八平、母は幸と言います。兄と3人の姉がいました。
メラムサフラ:合っています。
幻朋:龍馬の家は才谷屋という豪商の分家で、多額の財産を分与されていたため、とても裕福な家庭だったそうです。
メラムサフラ:お金はたくさんあるようです。
オルアエル:お金はいらないよ。

龍馬の幼少期、性格について

幻朋:幼少時は落ちこぼれと言われ、楠山塾もできの悪さですぐに退塾させられたそうです。泳げなかったため、姉の乙女が川で龍馬の事を特訓したという話もあります。
メラムサフラ:勉強はあまり好きではありませんでした。勉強する事は好きではありませんが頭は良いようです。
幻朋:勉強が嫌いなだけだったんですね。幼少期の様子はどのような感じでしょうか?
メラムサフラ:子供の頃の話が見つけられませんでした。
オルアエル:載ってないんだね。
幻朋:大人になってからはどんな性格でしたか?
メラムサフラ:常に先頭に立ってやっている感じがします。
幻朋:行動力があるんですね。
メラムサフラ:かなり真面目ですね。
幻朋:明るい活発系のイメージを持っていましたが、真面目な方なんですね!この後のお話を聞いているうちに真面目だなと感じる部分も出てくるかもしれませんね。

龍馬はなぜブーツを履いていたのか?

幻朋:ちなみに龍馬の顔はこの写真で合っていますか?
(教科書にも載っているような有名なあの写真を見てもらいました。)
メラムサフラ:そうです。
幻朋:写真では見えにくいかもしれないのですが、龍馬はブーツを履いていた事で有名らしいです。なぜ草履ではなくブーツを履いていたのでしょうか?
メラムサフラ:動きやすさを重視していたようです。足が痛くならなかったそうです。
幻朋:そうだったんですね。

剣術の道場に入門する

幻朋:では、ここからは龍馬の人生を辿っていきたいと思います。かなり情報が多いのでピックアップしました。龍馬が14歳の時に剣術の小栗流、日根野道場(ひねの)に入門しました。5年修行をして小栗流和兵法事目録(おぐりりゅうわへいほうのこともくろく)を伝授されました。
メラムサフラ:剣を学んだようですね。
幻朋:なぜ剣術を学んだのでしょう?
メラムサフラ:父から剣を学ぶように言われたからです。
幻朋:お父さんに言われたんですね。目録を伝授されていますが、上手だったんですね。
メラムサフラ:才能があったようです。

薙刀の修行もする

幻朋:1853年、19歳の時に剣術修行のために江戸に遊学しました。北辰一刀流(ほくしんいっとうりゅう)の千葉定吉(ちばさだきち)に入門し、剣術ではなく薙刀(なぎなた)の指南を受けました。
ユスモヨツ:色々と覚えようとしているんですね。すごいと思います。
幻朋:剣だけではなく薙刀という武器も特訓したんですね。
メラムサフラ:剣がうまくなりたいからだそうです。

ペリー来航

幻朋:ペリー来航で藩の臨時御用に徴用されました。ペリーが来た時に龍馬もいたなんて知りませんでした(笑)
メラムサフラ:才能のある坂本龍馬が選ばれました。
幻朋:外国の船とかを見てどう思ったんでしょうね?
メラムサフラ:靴とかもその時に知って色々と影響を受けたみたいです。
幻朋:外国製のものに興味があったんですね。
メラムサフラ:あまりにも日本と違いすぎていて一度ショックを受けたけど、日本を変えなければいけないと思ったそうです。
幻朋:ペリー来航によって龍馬の人生が動き出したかもしれないですね!

砲術家の徳弘孝蔵に入門する

幻朋:1859年9月、25歳の時に砲術家の徳弘孝蔵(とくひろこうぞう)に入門しました。
メラムサフラ:外国人が鉄砲を持っているのを見て影響を受けたみたいです。
幻朋:それで勉強しに行ったんですね。剣術だけではないんですね。
メラムサフラ:何でも覚えたかったようです。

土佐勤王党に加盟する

幻朋:1861年8月、尊王攘夷を掲げた土佐勤王党(とさきんのうとう)が結成され、翌月に加盟しました。更に1862年1月、長州藩における尊王運動の主要人物である久坂玄瑞(くさかげんずい)の元を訪れました。
メラムサフラ:(数分後)…探していますが見つかりませんでした。
幻朋:有名な出来事なようですが何か訳ありなんでしょうか。

土佐藩を脱藩する

幻朋:3月24日に沢村惣之丞(さわむらそうのじょう)と共に土佐藩を脱藩しました。なぜ脱藩したか理由は分かりますでしょうか?
メラムサフラ:…………。
オルアエル:これもないんじゃない?
幻朋:規制かもしれないですね。
ユスモヨツ:見れないんですか?
メラムサフラ:載っていない可能性があります。
幻朋:脱藩に関して地球人の方から質問をいただいていました。龍馬に刀を渡したのは何番目のお姉さんかというのもないですよね?
メラムサフラ:載っていないです。
幻朋:龍馬が脱藩した時に自害したというお栄姉さんの話は本当ですかという質問もあります。
メラムサフラ:誰も亡くなっていないと思います。誰か亡くなったとは書いていません。
幻朋:おそらく、脱藩に関しては公開してはいけない何かしらの理由があるんですね。

勝海舟を暗◯しようとしていたのは本当?

幻朋:10月には千葉道場の千葉重太郎と共に、軍艦奉行の勝海舟を暗◯しようとして屋敷を訪問しました。しかし、勝海舟の話を聞いた龍馬は感銘を受けて、その場で弟子入りを志願したそうです。
メラムサフラ:最初から◯しに行ったのではなく、弟子入りしに行きました。
幻朋:そうだったんですね?!普通に訪問していたんですね。そして1863年1月、29歳で勝海舟の私塾に同志と共に入門しました。

神戸海軍塾の塾頭に任命される

幻朋:4月、神戸海軍操練所(海軍士官養成機関)の設立が決定し、勝海舟の私塾・神戸海軍塾の開設も認められました。10月には龍馬が神戸海軍塾塾頭に任命されました。
メラムサフラ:龍馬は認められています。海での戦いなどの知識を教えています。坂本龍馬はリーダーになる事を希望していました。
幻朋:率先して海軍塾をやろうとしていたんですね。みんなで海軍塾をやろうぜよ!みたいな?龍馬の話し方はこんな感じだったかな?(笑)
オルアエル:そんな事言うの?
幻朋:いえ、自信はないです(笑)

勝海舟から下関砲撃調停の命を受ける

幻朋:1864年2月、勝海舟から外国連合艦の下関砲撃調停の命を受けて、翌日に同志と共に長崎に向かいました。
メラムサフラ:見つけられません。
ユスモヨツ:載ってないのが多いですね

蝦夷地開拓の夢

幻朋:5月頃、攘夷派志士を蝦夷地に移住させて開拓する事を唱えました。なぜ開拓しようと思っていたのでしょう?
メラムサフラ:領土を広げようとしていたらしいです。
幻朋:日本を広げたかったんですね。この頃に医師の楢崎将作(ならざきしょうさく)の長女の楢崎龍(ならざきりょう、お龍)と知り合いました。

池田屋事件

幻朋:6月5日、池田屋に潜伏していた長州・土佐藩の尊王攘夷派志士を新撰組が襲撃しました。この池田屋事件で同志の望月亀弥太(もちづききやた)が自刃しました。なぜこのような事件が起きたのでしょうか?
メラムサフラ:許可なく勝手に行動しているからです。
幻朋:だから龍馬達はマークされていたんですね。

西郷隆盛と面会する

幻朋:8月にはお龍を伏見の船宿寺田屋に預け、この頃お龍と内祝言をあげました。更に8月中旬に勝海舟の使者として、京都で西郷隆盛と面会しました。
メラムサフラ:同盟を組もうとしています。

神戸海軍操練所が廃止になる

幻朋:1865年3月、龍馬が31歳の時に神戸海軍操練所が廃止になりました。 せっかく設立したのに廃止になってしまいましたね。
メラムサフラ:あまり人がいなかったようです……それ以上は情報が載っていません。

西郷隆盛が木戸孝允との会談予定を破る

幻朋:5月、龍馬は木戸孝允(きどたかよし、桂小五郎)と会見をして薩長和解を説きました。木戸と薩摩の西郷隆盛が会談の約束をしていましたが、西郷が会談予定を破って上京してしまいました。
(この辺りからメラムさんが情報を探すのに苦戦している様子でした。)
メラムサフラ:あまり載っていないですね。
幻朋:何やら規制の匂いがプンプンしてきましたね。

亀山社中を創立

幻朋:5月29日、西郷を説得するため中岡慎太郎と上京しました。そして、薩長両藩の和解のためには貿易による実質的な結びつきが必要であると考え、薩摩藩の援助を受けて長崎に亀山社中を創立して商業活動を始めました。
メラムサフラ:これもないかもしれません。この先の情報があまりありません。
幻朋:え?!そうなんですか?
メラムサフラ:ほとんど載っていません。

龍馬が亡くなった年月日が非公開?!

メラムサフラ:龍馬がいつ亡くなったかも書いていません。
幻朋:暗◯の話ですよね…。
メラムサフラ:生まれた年は書いてありました。
幻朋:もしかして亡くなった年月日が載っていないんですか?!生没年の時にちゃんと確認していませんでしたね。
メラムサフラ:もっと生きているかもしれません。
幻朋:例の暗◯日に亡くなっていない可能性があるかもしれないですね……これはある意味事件ですね(笑)
オルアエル:今も生きているの?
幻朋:いえ、そういう意味ではありません(笑)
メラムサフラ:地球人の限界を超えています。
幻朋:寿命オーバーですね(笑)もう情報はなさそうですが、一応最後まで読み上げますね。もし何か情報があれば教えてください!

薩長同盟成立と寺田屋事件

幻朋:1866年1月に薩長同盟が成立しました。そして1月24日明け方2時頃、伏見寺田屋で護衛役の三吉慎蔵(みよししんぞう)と会談中に伏見奉行に急襲されました。お龍が異変に気づき急を知らせました。この時に龍馬は両手指を負傷しました。これを寺田屋事件と言います。
メラムサフラ:ありません。

土佐海援隊の隊長になる

幻朋:1867年4月上旬、亀山社中を土佐海援隊に改編し、龍馬は隊長となりました。海援隊は海軍と会社を兼ねたような組織でした。これも有名な話だそうです!
メラムサフラ:海援隊という言葉は載っています。海援隊にいたとしかありません。

海援隊の蒸気船いろは丸と軍艦が衝突

幻朋:4月23日、海援隊の物資を積み込んだ蒸気船いろは丸が紀州藩の軍艦・明光丸と衝突してしまい、沈没して大損害を受けました。
メラムサフラ:載っていないです。

船中八策

幻朋:6月15日、長岡謙吉に「船中八策」を起草させ、土佐藩の後藤象二郎に提示しました。大政奉還、議会開設、官制改革、条約改正、憲法制定、海軍の創設、陸軍の創設、通貨政策の8項目です。しかし、船中八策は創作ではないかなという説もあるそうです。
メラムサフラ:載っていません。

薩土芸盟約が成立

幻朋:6月26日、薩土芸・三藩による王政復古についての意見が一致して薩土芸盟約が成立しました。
メラムサフラ:なさそうです。
オルアエル:ほとんどないね。

大政奉還

幻朋:10月14日、将軍徳川慶喜が明治天皇に大政奉還を上奏し、15日に勅許が下されました。
メラムサフラ: 大政奉還を調べた方が良いですか?坂本龍馬の情報には載っていません。
幻朋:それはまた別な話になるので大丈夫ですよ!しかし、なぜここまで規制されているんでしょうね…。

新官制擬定書を策定する

幻朋:10月16日、戸田雅楽(尾崎三良)と新政府職制案の新官制擬定書を策定しました。これに関して地球人の方から質問をいただいていますので読みますね。「政権交代後の政府の組閣名簿を龍馬が持っていった時に、そこに龍馬の名前が書かれていないのを聞かれて「世界の海援隊をやる」と答えたと伝わっています。しかし他の人が作った名簿には龍馬の名前が書かれていたそうです。龍馬の真意は?」
メラムサフラ:ありません。この先には何も載っていません。
幻朋:やはり暗◯の所まで規制ですね。
オルアエル:知ったら消されるよ。
幻朋:私がですよね(笑)色々とそういう問題があるので、アマテラス様は非公開にしてくれているんだと思います。
ユスモヨツ:地球は不思議ですね。

新政府網領八策を起草する

幻朋:11月1日、越前の松平春獄(まつだいらしゅんがく)に会いました。この頃、船中八策を元にしたとされる新政府網領八策を起草し、新政府の中心人物の名前は故意に「◯◯◯自ら盟主と為り」と空欄にしておいたそうです。龍馬が誰を意図していたのかは色々な説があるそうです。それでは、次が最後のお話です。

坂本龍馬と中岡慎太郎が襲われて亡くなる

幻朋:11月15日、龍馬は近江屋の2階で陸援隊の中岡慎太郎と話していた所、十津川郷士と名乗る者達に襲われました。龍馬達は帯刀しておらず、そのままやられてしまったそうです。享年33歳で、誕生日と同じ日に亡くなりました。地球人の方々もみんな気になっていた事ですが、龍馬が消された理由、実際に斬った相手、それを命じた黒幕は誰かという点です。
メラムサフラ:坂本龍馬が亡くなった年も書いていないので…。
幻朋:中岡慎太郎という人も一緒に襲われて、仲間に助けられた後一時は回復したように見えましたが、容態が急変し亡くなったそうなんです。この方の亡くなった原因は載っていないでしょうか?
メラムサフラ:中岡慎太郎という人を見てみます。
幻朋:別な角度からも見てみましょう。おそらく中岡さんも規制されていそうですが…。
メラムサフラ:◯されたとは書いていないです。
幻朋:では何が原因で亡くなったんですか?!
メラムサフラ:寿命なようです。
幻朋:えぇぇ!…これは……。
メラムサフラ:暗◯の日に坂本龍馬と会っていない可能性もあります。
幻朋:メラムさんは探偵みたいですよね(笑)いつもすごい推理ですね。
メラムサフラ:そんな事はありません。
幻朋:それにしても坂本龍馬の人生には何かしら秘密がありそうですね…。

坂本龍馬にまつわる謎など

幻朋:あとは地球人の方からいただいた質問をして終わりたいと思います!「天の逆鉾を坂本龍馬は新婚旅行中に手で引き抜いたそうで、龍馬の姉宛に手紙でその事を書いていますが、本当に引き抜いたのか知りたいです。」メラムさんは天の逆鉾を覚えていますか?
メラムサフラ:覚えています。でも載っていません。

フルベッキ写真に龍馬は写っている?

幻朋:「最幕末の志士が一同に介した、所謂フルベッキ写真というものがあります。そこに龍馬、西郷隆盛などが写っていると言われていますが佐賀藩の藩校の生徒達との集合写真だとも言われています。」
(用意していた画像を見てもらいました。)
メラムサフラ:坂本龍馬はいないような気がします。
幻朋:本人は写っていないんですね。

千葉佐那さんと婚約していたのか?

幻朋:「江戸に剣術修行に来た時の道場主の娘、千葉佐那さんと本当に婚約していたのか、龍馬の気持ちはどうだった?」
メラムサフラ:そのような名前はありませんでした。

龍馬が襲撃後に運ばれた神社

幻朋:「龍馬が襲撃を受けて最初に運ばれたと言われている霊明神社があります。明治政府がお墓を作るまで、そこにあったそうです。そのあたりの流れを知りたいです。」
メラムサフラ:これもありませんでした。

龍馬はフリーメイソンの一員説

幻朋:「フリーメイソンの一人とされるグラバーと組んで龍馬自らもフリーメイソンの一員として表の龍馬、裏のグラバーとして倒幕を企んでいたという説。」
メラムサフラ:フリーメイソンという言葉は載っていません。
幻朋:分かりました。最後にちょっとしたお話をご紹介します。坂本家の子孫である画家の坂本直行さんがいるそうです。北海道銘菓の六花亭の梱包デザインを手掛けている方だそうです。子孫の方が北海道に渡って活躍しているそうです。それでは、坂本龍馬のお話はこれで終わりです!ありがとうございました。諸説がたくさんあると本当の所がますます気になりますよね。
メラムサフラ:見れなくてだめでした。
幻朋:情報を出す事によって混乱が起きるから秘密なんだと思います。
オルアエル:何もなかったね。
幻朋:途中からスパッと消えましたね(笑)次は海底にある謎の線とか遺跡をシノエテさん達と見たり、厳島神社のお話をやる予定です!
オルアエル:神社なら良いよ。
幻朋:神社は好きなんですね!
オルアエル:神社持ってるからね。
幻朋:オルアエルさんも一応神様ですもんね(笑)
メラムサフラ:そうなんですか。
幻朋:メラムさんのツッコミ(笑)今回もありがとうございました!
メラムサフラ:見つけられなくて残念です。
幻朋:ユスモヨツさんもせっかく参加してくださったのにすみませんでした。
オルアエル:仕方ないよ。また連れてくるよ。
ユスモヨツ:また参加したいです。
幻朋:コク カテ(いつもありがとう)スクレ(好き)!何となく伝わっていますか?
メラムサフラ:合っています。ありがとうございます。
幻朋:また来ますね!失礼します。
オルアエル:またね。
ユスモヨツ:またね。

坂本龍馬の情報は以上となります。規制が多く、お話を楽しみにしてくださった方々には申し訳なく思います。しかし、今後もできるだけ活動を続けていくためにも、龍馬の規制部分はそっとしておこうと思っています。ご理解いただければ幸いです。
はたして坂本龍馬や中岡慎太郎の結末は一体どうなったのでしょう?色々と考察するのも面白いですよね!皆様はどのように推理しましたでしょうか?